2017
04.09

「不忍池図」の前で・・・

Category: 絵画
お仕事で忙しくなる前にと、先日パンを焼きましたよ・・

ヨーグルトの水切りをしてホエ―が沢山出たので、

・・・ホエ―入りパンドカンパーニュ風テーブルロール・・・
パンドカンパーニュ風 焼きむらが・・・💦

全粒粉を混ぜ、大粒レーズン、イチジク、くるみをたっぷり入れて・・・

モチモチふわふわ・・・美味しい~(´艸`*)




いつもお邪魔しているブロガーさんたちの記事に

お花見や、お散歩途中の桜や、春のお花の話題が多くなって

・・・・ちょっとうらやましいこの頃

先週、最寄りの無人駅の水仙が、やっと蕾を持ってきたので、パチリ

4月4日水仙

同じ日、長野在住のブロガーさんのブログにも (いつも楽しみにしておりますm(__)m)

ほとんど同じ生長具合の水仙の写真がアップされていて、嬉しくなってしまいました。
花の季節ももうすぐですね~ ♪




日本画に、まったく興味がなかったのに、偶然入った秋田蘭画の絵画展で魅せられて、

秋田蘭画についてはコチラ💛 と こちら💛 と コチラ💛

期間限定で公開される秋田蘭画をよく見に行くようになりました。



数年前、公開中の代表作「不忍池図」(小田野直武画)を見に行った時の事。


他にはほとんど人がいないのに、

その絵を熱心に見ている女性がおりました。


不忍池図


少し離れて、その方が鑑賞し終えるのを待っていましたが・・・・(T_T)一向に終わらない


・・・・・単眼鏡までだして、近づいたり、離れたり・・


余程、「不忍池図」が好きなんだなー・・・ 私も好き・・と思い、


思い切って声をかけてみました・・ミセテクダサイナ(〃▽〃)オ○タリアン全開・・



その方、今橋理子さんは、なんと秋田蘭画の研究者・・


秋田蘭画が好きで・・・ということから話が広がって、

「不忍池図」の前で、2時間近く秋田蘭画についてお話を伺うことが出来ました。


私の稚拙な質問にも辛抱強く答えて下さり・・今思うと恥ずかしい(*´~`*)嬉しかったけど‥



・・・で、今橋さんの著書について書くつもりでしたが・・・

またまた・・・前置きが…長くて ・・・

よろしかったらポチッと m(_ _)m
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村


月曜日から、お勤め仕事再開です・・(。-∀-) 早起きつらい・・










Comment:0  Trackback:0
2017
04.02

桜の画家の物語

Category: 絵画
4月になりました!雪の気配がなくなり・・ 春になった・・のよね・・(´・ω・)??

・・この時期一夜にして雪景色・・などということもあって

なかなか気の抜けない日本海側の北の街なのです。


桜の季節は、まだ半月以上先・・・・待ち遠しい・・・
2016 4月 桜


京都でも、あちこちで 桜の木や 桜並木を見かけましたが、

ほとんどが固い蕾でした   …残念!

原谷苑・・梅と黄色いミツマタ(和紙の原料)
原谷苑2 原谷苑1 花がついていない木が桜

・・満開になったらきれいなのでしょうね・・・(人も多いかな・・)




その京都に、江戸時代の中期、 三熊派と名付けられた

桜の花だけを描く、 桜に魅せられた画派が存在したそうです。



始祖は、三熊思孝・・・自ら 花顛(桜狂いの意) と称するほどの桜好き。

桜は日本だけの花だと信じ、各地の桜を訪ね歩き、

桜の種類を枝葉によって描き分けたり、

他の事物と一緒に描かないなど、  独特の画風を作り出します。



三熊派は、思考に師事した広瀬花隠、 思考を継承する妹の三熊露香

露香に師事した織田瑟々(しつしつ)と その息子貞逸が、

60年間、 桜だけを描き続けた画派(天保3年(1832)まで



三熊思考画    織田瑟々画  この時代、桜と言えば山桜。
三熊思考 八重山桜図  織田瑟々【おだ・しつしつ】異牡丹桜真図 (インターネットより)


織田瑟々は、あの織田信長の九男の遠い子孫で、

描いた桜画は、織田桜と称され数多く現存しているそうです。


というのも、若くして夫を亡くし、後に出家した瑟々は、

描いた絵をお世話になった人々に与え、その人々が大切に守り、今に伝わっているそう・・



桜花だけを描く画派なんて・・さすが京都・・(´∀`*).何だか素敵

散り行く桜を、時を超えて残してくれたのですね。


三熊派の名付け親は、学習院女子大学教授の今橋理子さん。

今橋さんは、私の大好きな秋田蘭画の研究者でもあります。

次回は、三熊派を知るきっかけとなった今橋さんの著書をご紹介・・



よろしかったらポチッと m(_ _)m
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村





Comment:0  Trackback:0
2016
08.20

直武くん江戸へ・・・秋田蘭画の誕生

Category: 絵画
先週は、帰省中の大学生のお客様が2人・・・

忙しさが解消されていないので、(T_T)

簡単なランチとケーキでおもてなしです。


せめて飲み物はいいものを・・と 冷たい各種ドリンクに加え、

コーヒー、紅茶、緑茶と、気合を入れて準備したのに・・・


「飲み物何がいい?」と聞いたら

「ほうじ茶」・・・という答えが・・・ウーム( ̄^ ̄)ゞ盲点だ・・


お昼は、市販のトルティーヤを買ってきて、タコス(ブリトー❓)にしました。
タコス2 タコス1

(ちょっと渋い趣味の2人だけど・・)おしゃべりに花が咲きましたよ。


さて、懲りずに・・秋田蘭画ですが・・・


当時の秋田藩主は、佐竹義敦、

鎖国なのに、外国好き・・とってもモダンで、芸術家な・・お殿様。

江戸時代に、曙山という雅号でこんな絵をかいてしまうほどです。

西洋の風景銅版画をまねて、描いたものと考えられている
Kozanfukeizu.jpg 湖山風景図


そのお殿様が、1773年


日本のダビンチとも、 ただの山師ともいわれているこの人

♪(/・ω・)/ ♪てんてん天下の御免丸・・古い・・🎶
A_Portrait_of_Kyūkei_Hiraga_cropped


平賀源内さんを 、秋田藩に招きます。(鉱山開発の助言を受けるため)



源内さんが、

角館の逗留先で目にした屏風絵(小田野直武作)に感心し、

若き地元のイラストレーター直武くんを、宿に呼んで面会・・


この時、お供え餅を上から見た絵を描かせて、

(上から描くと、ただの

陰影法を手ほどきしたなどと伝えられていますが、

本当かどうかは定かではありません。



源内さんに気に入られた直武くん、

 border="小田野直武

一緒に江戸へ上ります。

この時・・・

モダンな芸術家のお殿様に、名目上の江戸でのお役目を賜って

官費留学(❓)のような形で、江戸で芸術三昧の生活を送るのです。


時々帰る秋田で、お殿様とその芸術サークルの人たちに、

また、お殿様が江戸に滞在中に、

西洋画の手法や情報を教えたり、試したり、

芸術談義をしたり、 写生帖を作ったり・・・

こうして、秋田蘭画が生まれたのです。


秋田蘭画展では、佐竹曙山と小田野直武が

競うように、同じ題材の絵を描いているのが印象的でした。


秋田蘭画展に感動して、不忍池図をもう一度見たいと訪れた美術館で、
たまたま研究者の方とお話しできたことが、私の秋田蘭画熱に拍車をかけるのですが、
またいつか、別の機会にご紹介したいと思います。



よろしかったらポチッと、 m(_ _)m 
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村



画像は、ウィキペディアより


Comment:0  Trackback:0
2016
08.11

12年に一度の夏祭り

Category: 絵画
掘りたてのジャガイモをたくさんいただきました。

男爵、メイクイーン、北あかり・・・種類もいろいろ。

これはほんの一部o(^▽^)oおイモ大好き、うれしいなー
potatoes.jpg


細切りにしたジャガイモを、オリーブオイルで炒めて、明太子であえるのが今のお気に入りです。


さて、江戸時代にあって、

日本画の画材を使って、西洋画を描こうと模索した秋田蘭画。

もっと知りたくて、資料や書籍をあたりました。


秋田は、角館の大威徳神社 というところに、

小田野直武が、17歳の時に描いた、

大威徳明王像絵額(絵馬)があると知って、検索してみると・・・

写真の技術がなくて・・はっきりご覧になりたい方は、検索してください!
大威徳山忿怒明王


12年に一度、丑年の8月、神社の例祭があり、

ご本尊と一緒に、この絵馬も一般公開されるのだそう。



調べたその日は・・・丑年の8月・・・例祭終了2日前。 

12年に一度となれば・・・行かないわけにはいきません・・行けるかな?・・。゚(゚´Д`゚)゚。もっと前に知っていれば・・

慌ただしく段取りし、早朝降り立った角館の駅から、

タクシーで玉川の船着き場へ、
タクシーはここまで
船着き場周辺 ここからは、徒歩で船着場へ


この神社、標高178mの小高い大威徳山中腹にあり、

山のふもとの玉川という川を、船で渡らないとたどり着けません。


白濁した川の水で、川底が見えません。深そう・・・
玉川

ひっくり返りそう?なボートを、両岸に渡したワイヤーを手繰って進めます。
玉川2 (*゚ロ゚)ノちょっと、そこっ!立たないで!

だんだん、対岸が、近づいてくる・・・
玉川3

例祭では、牛引きや梵天も舟を使って奉納されるそう。 見たかった・・

今度は山道を上ります・・・
大徳威神社IMGP0115

だいぶ登って、到着‼‼
大徳威神社2

大威徳明王像絵額. (だいいとくみょうおうぞうえがく)は.

訪れるのはほとんど周辺集落の人、という小さな本堂に、

あまりに無造作に置かれていて、ちょっとびっくりしました。


迫力ある筆遣いは、 イラストを見ているみたい・・・


(若きイラストレーター?)直武17歳の時、ご神体の仏像が何者かに盗まれ、

その本尊代用として描くよう頼まれたものと、伝わっています。


以来、信仰深い村の人達によって、大切に守られて来たのですね。



小田野直武が平賀源内と出会う前の、貴重な作品。


源内と出会った直武は、

のどかな角館から江戸へ行くことになるのです。



よろしかったらポチッと、していただけると嬉しいです。
        m(_ _)m 
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村



Comment:0  Trackback:0
2016
08.05

江戸に吹いた西洋の風

Category: 絵画
夏が始まるずいぶん前、 リビングを夏仕立てにしようと、

クッションカバーになりそうな布を買い込みました。

どんな感じになるかしらと、裁断して、仕付け糸で仮止めして、ソファーに置いてみました。

なかなかいい感じ+.(*'v`*)+
夏のクッション2 夏のクッション1

・・・ところが、その後忙しくなって、時間がなくて・・・

仮止めのまま・・・(〃▽〃)夏が終わったらどうしよう

などと、相変わらずの、言い訳生活・・ですが・・・




さて、陸奥の小京都、秋田の角館に、

武家屋敷1秋の角館武家屋敷

江戸時代、小田野直武(おだのなおたけ)、という武士がおりました。

ご存知ですか? ・・・・ご存じない・・ですよね・・

では、「解体新書」は?

・・・知ってますね。歴史で習いました。


あの挿絵、覚えてますか?・・教科書に載っていた・・・

そう、そう。これです。

解体新書3
ウィキペディアより
解体新書2


その挿絵を描いた人が、小田野直武・・なのです。


鎖国政策下にあって、エアポケットのように西洋文化が入ってきた

田沼意次の時代・・・

東北で、小田野直武を中心に、西洋画を描こうと試行錯誤した人達がいて、

彼らが描いた絵画のジャンルを秋田蘭画といいます。


小田野直武代表作 不忍池図 
不忍池図


秋田蘭画の展覧会で、

西洋文化を取り入れようとする熱い息遣いが、

時代を経ても伝わってくるような絵画をみて、

すっかり、魅せられてしまいました。


以来、小田野直武の作品を追って、秋田の角館に何度も足を運びました。

平賀源内に見いだされた小田野直武が、

解体新書を手掛けるいきさつや、

秋田蘭画をめぐるプチ・トリップ、もう少しお付き合いください。


なんだか忙しくて、次はいつ更新できるのか、不安ですが・・・

よろしかったらポチッと、m(_ _)m 励みになります。
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村





Comment:2  Trackback:0
back-to-top