2019
02.03

清須越しと大火と四間道と・・・

Category: 名古屋ライフ
ちょっと知ったかぶりの、名古屋史です m(_ _)m



名古屋城築城の時に、清須城は廃止、解体され、

清須の城下町は町ごと名古屋に移りました。 所謂  清須越し です。

清須からお引越しした人     約60、000 人
清須からお引越しした寺社   約100
清須からお引越しした町     約67


町人は、庭石や植木まで名古屋に持ってきたとか・・・

名古屋城も清須城の廃材が使われたとか・・・


〇ート引越センターのない時代、約4年間で60000人がお引越し  (〃▽〃)  大変だー 




こうして名古屋誕生!・・・・ですが、

元禄13年(1700年)、大火があり、城下町1600軒余りが焼失しました。


この大火の後、類焼や延焼を防ぐため、防火壁の白壁を作り、

堀川沿いの道幅を 四間(約7メートル)に拡張しました。


これが現在、四間道(しけみち)と呼ばれている、街並み名の由来です。

20190112四間道


四間道は、昔の街並みが残っていて、良いところですよ・・・・

と薦めてくれる人がいて、歩いてみました。 (*´▽`*) ありがとう!



名古屋独特の屋根神祭神が、屋根の上に残っていました。
20190114屋根神祭神

子守地蔵・・・ひょっとして江戸時代から残ってる?
20190114子守地蔵20190114子守地蔵2




戦時中は軍需工場が多くあったため、

1943年以後、東京に次いで空襲が激しかった名古屋ですが、



このあたりは奇跡的に焼け残り、白い壁や古い町並み、商家が今も残っています。

100年以上の建物が大切に守られ、ガラス館やレストランなどに利用されています。

20190114四間道2




戦時中空襲で、四間道入口にある浅間神社(せんげんじんじゃ)に焼夷弾が落ちました。


これが、幸い不発弾だったため、このあたりは焼け残ったのだそうです。

何だかご利益がありそうな神社…しっかりお参りしてきました。この後40度発熱…

20190112 浅間神社 浅間神社 




四間道は、名古屋城下を流れる堀川の西に広がる 

タイムスリップしたような、素敵な場所です。



名古屋を訪れた時はぜひ足を延ばしてみてくださいね。



ちょっと知ったかぶりの名古屋史でした。

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久しぶりの語学の勉強会の後、クィーン好きの方々から、

1時間だけクィーンを歌いましょう  とお誘いを受け・・・カラオケに参加・・・


クィーンの歌は難しくって 私は歌うというレベルではありませんでしたが・・


皆で歌えば怖くない・・歌詞も発音も無視・・若い人たちに混ざって、


歌いたいように歌いました・・・・・・

60過ぎると・・・ (*ノ∪`*) 羞恥心が・・・


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