風の中行く

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フィリピン戦跡訪問…レイテ島からネグロス島へ

毎月1日と16日は、とある出版社のホームぺージで、気になる新刊をチェック・・何読もう・・(* ´ ▽ ` *) ワクワク

最近は、新刊の数がどんどん少なくなって・・・・少し前は、2ページにわたって紹介されていた新刊案内が、


いつの間にか1ページ半になり、1ページと3~4冊になり


とうとう12月は、1ページを埋めつくすのに1冊足りていませんでした。あっという間にチェック完了! (´-`*) 何だかなー
 
出版冬の時代? 今にすべて電子化してしまうのだろうか?   ( ̄^ ̄) 付いていけるかしらん



さて、長ーいフィリピン戦跡訪問レイテ編・・・実際には、たった2日間のことなのですが・・・

レイテ島風景 (10) レイテ島1980年1月撮影



フィリピン到着時、ホテルに向かうバスの中で、日本から同行したPIC(旅行を企画した会社)の方から、

「フィリピンは今の日本より貧しい国です。先の大戦に巻き込まれたフィリピンの人たちのために、

たくさん(フィリピン)ドルを落としてあげてください・・・」と言わました。



当時レイテで立ち寄った村々は、電気さえ引かれていない場所がほとんどでした。

レイテ島の村 電気はおろか、トイレさえなく自宅裏に穴を掘っていた村も・・





行く先々で、お菓子や鉛筆やノートなどを期待して、子供たちがジプ二―の周りに集まってきます。


元パイロットのおじ様たちは、日本から持ってきたお菓子や文房具、おもちゃを手渡します。


始めは、施しのようで抵抗があったので、何もせずただ見ていましたが、


何も貰えないとわかると、本当に悲しそうな顔をする子供たちに、持参していたお菓子やボールペンを差し出しました。

レイテ島の村 (3)


この時の複雑な思いは、小さなとげのように、今も心に刺さっています。




海辺の街での小休憩・・・ここは、観光客が訪れることもない港町・・

珍しい日本からの訪問者、しかも若い女性(注:当時は若かったが、いるというこで・・・

あっという間に「日本の女優が来た」と広まり、あちこちから見物人が集まってきました。


後ろに人だかりが・・・  人は誰でも生涯で15分だけは有名になれる?(アンディ・ウォーホル)
レイテ島海辺の村 レイテ島街並み
顔を見てがっかりさせないよう、振り向くのはやめよう・・・(*ノ∪`*)



タクロバン市内では、地元の学生に呼び止められ、しばし歓談・・・

レイテ島の女学生②

「日本は、どんな国なの?」とさまざまなことを聞かれましたが、(T_T) こ、答えられない・・
英語力もさることながら、自国に対する知識のなさが情けない・・・


夕方、おじ様たち、ロミさん、カルロさん、ホーリー君と海岸へお散歩・・・

前日に市場へ一緒に行ってくれ、朝早くカルロさんについて来て、何かとみんなのお世話をしてくれたホーリー君から、ちょっと歩かない、とお誘いが・・・・



レイテ島風景 (4)
少し離れたところから、おじさまの一人が撮影。

この時プロポーズめいたことを言われ・・・よくよく話してみると・・・

どうしても日本に行きたい!という一心だったようなのです。(=∀=)(人生初プロポーズ?は、おじ様たちの目の前 )


無理だとわかると、悲しそうにカルロさんと帰っていきました。



数年分の経験を濃縮したような2日間・・・翌朝、南のネグロス島へ、移りました。

さらば、レイテ島・・・・


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旅と音楽と読書、主に海外ミステリーが好きな、アラカンです。
雪国に嫁いで30年。19年前夫に先立たれ、2人の息子を育てるのに夢中で過ごした日々。
この度30年暮らした雪国から、孫のお世話をしに名古屋にお引越し・・・職場復帰も果たし、気が付けば、しっかり名古屋ライフを楽しむ日々。