2018
01.21

フィリピン戦跡訪問・・・行けなかったモンテンルパの刑務所

お勤め仕事が始まって1週間・・・また忙しくなりまた。 

先日、市役所に用事があった時に、立ち寄った公園に・・・

雪が、まったくありません・・・あれから1週間以上たっても積雪なし
2019112グリーンランド4 2019112グリーンランド3

異常気象だとはわかっていても・・・このまま春にならないかなー




フィリピン戦跡訪問、最後の訪問地は、モンテンルパのニュービリビット刑務所。

ここは、大戦終了後、元日本兵が戦犯として108人(死刑囚54人含)収容されていました。


ここに収容されていた死刑囚、代田銀太郎さん(作詞)伊藤正康さん作曲)のお二人が、

死刑執行を待ちながら、望郷の念を込めて作った 「あゝモンテンルパの夜は更けて」




ニュービリビット刑務所 ウィキペディアより


この歌が、親日家フィリピン人 ピオ・デュラン国会議員、歌を歌った歌手渡辺はま子さん達の尽力で

当時のキリノ比大統領(妻と子供3人を日本兵に殺されていた) の心を動かし、

大統領特赦で、当時収容されていた日本兵全員が釈放、帰国出来きたそうです。



政治的、経済的な背景があるという見方もあり、

初期には14人の死刑を執行したキリノ大統領ですが、

家族を日本兵に殺されたにもかかわらず、

「個人的な怨みをいつまでも持ち続ければ、子供たちも、次々と永遠に持ち続けることになる。

隣国日本とは,親しく助け合って共存共栄の実を挙げなければならない。

私恨を断ち切らなければならないと決心した」・・・と特赦を決めたのだそうです。




体調を崩した私は、バスから降りられず、悲しいことに、モンテンルパの記憶は全くありません。


・・・夕方ホテルに戻ってベッドへ直行、

フィリピンガイドの女性が、香油(ユーカリ?)をお腹に塗ってくれました。+゚。*(*´∀`*)*。゚+やさしさが、お腹にしみる・・


2019112グリーンランド G公園 春のよう・・



うとうとしかけたところに、チャイムが・・・

もとパイロットの一人Oさんが、具合の悪いところ申し訳ないけれど・・・と前置きされて・・

戦時中フィリピンで知り合った家族が、ホテルを尋ねてくるので、寝たままでいいので通訳をお願いしたい・・・と。

大きな体を小さくして、すまなそうにおっしゃいます。



2019112グリーンランド2 雪のないG公園


ほどなく、戦後に生まれた2人のきれいなお嬢さんを連れたご家族が到着・・・部屋に入ってもらい・・

よく 生き延びたと・・・抱き合っての感動の対面となりました。  ジーン 。゚(゚´Д`゚)゚。もらい泣き

左インターネットより 翌朝、出発までリサール公園で最後の記念撮影。
リサール公園 リサール公園で


こうして、フィリピンの人達の穏やかなやさしさに触れた初めての海外旅行は、終わりました。

書ききれなかったことも、たくさんあります。

旅行中いろいろな話をしてくださった元パイロットのおじ様たちは、もうおりません。




1986年エドゥサ革命が起き、マルコス政権が倒れた時は、

レイテ島やネグロス島のことを思い出し、熱い思いを抑えられませんでした。



長い旅行記 お付き合いいただきありがとうございました m(_ _)m

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