2016
08.16

8月15日

Category: その他
日本海側の北の街も、30度を超す暑い日が続きます。

忙中閑あり・・

先週、夕方からの教室がキャンセルとなり、

久しぶりに海までお散歩・・・

徒歩で10分ちょっとのところに、海水浴もできる海岸があって、

夏の夕暮れは、とてもきれいな夕日が見られます。

日本海側では、太陽は海に沈みます。
8月の夕日4

8月の夕日2

ずっと夏だといいのに・・・(〃▽〃)


71年前の8月・・・日本の某飛行場に待機していた飛行戦隊に、

特攻機の護衛のため、出撃するよう・・命令が下ります。


護衛と言っても、片道燃料での出撃、生きては帰れません。

戦隊を率いる25歳の若き戦隊長は、

戦隊も自分の命も明日には終わると覚悟を決め、

持ち歩いていた幼いころからのアルバムや、大切な手紙、日記などすべてを燃やしました。

・・・・というのも、彼は4歳の時に両親を相次いで亡くし

育ててくれた祖父母もすでに亡かったので、自分の思い出を必要とする人がいなかったのです。


当日の朝、

出撃直前、待機の命令が・・・正午、日本降伏の玉音放送・・


25歳の戦隊長(父)と、戦隊員たちは、敗戦と同時に、

自分の命が助かったことを知るのです。


もし、この時出撃していたら、・・・今私はここにいない・・


毎年不思議な思いで迎える、8月15日です。


その父も数年前鬼籍に入りました。

幼い頃肉親の縁が薄かったゆえに、家族を何より大切にしてくれた父でした。

もっと、親孝行すればよかった・・・・せめて、一生懸命生きなければね・・・
 m(_ _)m 


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コメント
20代の若さで、死を覚悟して飛行機に乗り込む――今の世の中、そんなのはありえないことに思えますが、70年前にはそれが現実だったんですよね。
そこで奇跡的に助かった命が、ginさんにつながっている。心に染みるお話でした。

そういえば私の父も、下町に住んでいて、東京大空襲の中を逃げまどった、と言っていたのを思い出しました。
私がこの世に生まれてこれたのも、ちょっとした奇跡の積み重ねなのかもしれません。
marindot 2016.08.17 08:18 | 編集
marinさん  こんばんは

命を懸けて戦った父たちは、今の息子たちより若かったのですから、驚きです。

一瞬一瞬の決断が、とっても重たい時代だったのだろうなと、戦後10年以上もたって生まれた私には、想像するほかありません。

母の実家は浅草で、東京大空襲の時に自宅が焼夷弾で焼け落ちていくのを、泣きながら見ていたそうです。

お父様も、同じ東京大空襲を生き延びられたのですね。

その大切な命をmarinさんが引き継いでいる・・・素敵なことですね。


gindot 2016.08.17 22:16 | 編集
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