2017
02.26

まぼろしの都のインカたち と高野潤さんの写真集

Category: 読書
相変わらずの・・同じような・・見づらい写真ですが・・・カメラ替えよう・・

100羽以上の白鳥の大集団が北へ帰っていきます。 ((^.^)/~~~また来年ー)
  2月23日北帰行2 2月24日の空 
                               空も春色になってきました‥

この時期、どちらのお仕事も忙しさがピークですが・・先が見えてきました・・o(≧ω≦)oあと少し


インカの話をもう少しだけ・・・ (=∀=)ちょっとシツコイ


やなぎやけいこさんの 「はるかなる黄金帝国」「まぼろしの都のインカたち」

史実に基づいた丁寧な構成になっていて、滅びゆくインカ帝国が描かれています。


お話は面白いし、時代考証やインカの風習など研究書なみの情報量。

こんな名作が絶版なんて、おしいなーと思います。

まぼろしの都のインカたち
まぼろしの都のインカたち

1571年、前回ご紹介したティトウクシは、天然痘で亡くなったといわれています。

幼少期に一時捕らえられ、クスコのスペイン人オニャテ家で暮らしたこともあり、

異色?のインカだったような気がするのですが、

もう少し彼の治世が長かったら、と思うのは穿った見方でしょうか?

その死は毒殺だったとの説もあり、真実はわかりません。


インカの皇帝は、亡くなるとミイラになって生前と同じように敬われるのですが、

スペイン軍がビルカバンバに攻め込んだ時、

歴代インカ皇帝のミイラは全部焼き捨てられたそうで、

今となっては、鑑定もできません。


ビルカバンバ襲撃1
「まぼろしの都のインカたち」より、ビルカバンバ襲撃の挿絵


インカ最後の皇帝は、ティトゥクシの弟トゥパックアマル・・・

後に抵抗勢力の象徴として、度々名前が使われますが、

誇り高い彼は、スペイン人と抗戦の構えをとり、

皇帝を継承して1年余りで、ビルカバンバが襲撃され、とらえられてしまいます。



「1572年、トゥパック・アマルが、処刑されるとき、

集まった先住民の全群衆が悲しみの叫び声を挙げて涙を流した。

この様子に、トゥパク・アマルは右手をさっと挙げて人びとを静まらせた。」(ウィキペディアより)

TupacamaruI.jpg



やなぎやけいこさんは、まぼろしの都のインカたちで、このように書いておられます。


「クスコの街の中の中央広場は、何千人ものインデイオで、

身動きできないほどだった。…中略・・

トパックアマル―は1段高く作られている処刑台に上った。

褐色の人々の泣き叫ぶ声は、さらに激しくなった。

スペイン人は、脅したりすかしたりして、何とかこの騒ぎを鎮めようとした。

だが泣き叫ぶ声は、ますます大きくなるばかりだった。

お互いの声も聞こえないほどだった。…中略


トパックアマルーは、5本の指を広げた右手をさっと高く上げた。

すると、褐色の人々の泣き叫ぶ声は、抑えきれない嗚咽になり、やがてそれも消えた。


広場は、ほんの少し後には、まるで生きものがいないかのように静まり返った。

それは、人々が見せた皇帝に対しての恐ろしいまでの従順さだった。」


こうして、インカ帝国は最後の時を迎えたのです。



もう一つ、お薦めの高野潤さんのインカの本・・
高野潤写真集 

アンデス全域を歩かれた、写真家高野さんの貴重な写真がいっぱいです。

ビルカバンバとされるエスプリトゥパンパの写真も、この本で初めてみました。


知ったかぶりのインカばかりでしたが・・・よろしかったらポチッと m(_ _)m
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今週のお弁当(❓)・・鮭弁、コロッケ弁、お結び
鮭弁 コロッケ弁当 お結び弁当








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