2017
04.02

桜の画家の物語

Category: 絵画
4月になりました!雪の気配がなくなり・・ 春になった・・のよね・・(´・ω・)??

・・この時期一夜にして雪景色・・などということもあって

なかなか気の抜けない日本海側の北の街なのです。


桜の季節は、まだ半月以上先・・・・待ち遠しい・・・
2016 4月 桜


京都でも、あちこちで 桜の木や 桜並木を見かけましたが、

ほとんどが固い蕾でした   …残念!

原谷苑・・梅と黄色いミツマタ(和紙の原料)
原谷苑2 原谷苑1 花がついていない木が桜

・・満開になったらきれいなのでしょうね・・・(人も多いかな・・)




その京都に、江戸時代の中期、 三熊派と名付けられた

桜の花だけを描く、 桜に魅せられた画派が存在したそうです。



始祖は、三熊思孝・・・自ら 花顛(桜狂いの意) と称するほどの桜好き。

桜は日本だけの花だと信じ、各地の桜を訪ね歩き、

桜の種類を枝葉によって描き分けたり、

他の事物と一緒に描かないなど、  独特の画風を作り出します。



三熊派は、思考に師事した広瀬花隠、 思考を継承する妹の三熊露香

露香に師事した織田瑟々(しつしつ)と その息子貞逸が、

60年間、 桜だけを描き続けた画派(天保3年(1832)まで



三熊思考画    織田瑟々画  この時代、桜と言えば山桜。
三熊思考 八重山桜図  織田瑟々【おだ・しつしつ】異牡丹桜真図 (インターネットより)


織田瑟々は、あの織田信長の九男の遠い子孫で、

描いた桜画は、織田桜と称され数多く現存しているそうです。


というのも、若くして夫を亡くし、後に出家した瑟々は、

描いた絵をお世話になった人々に与え、その人々が大切に守り、今に伝わっているそう・・



桜花だけを描く画派なんて・・さすが京都・・(´∀`*).何だか素敵

散り行く桜を、時を超えて残してくれたのですね。


三熊派の名付け親は、学習院女子大学教授の今橋理子さん。

今橋さんは、私の大好きな秋田蘭画の研究者でもあります。

次回は、三熊派を知るきっかけとなった今橋さんの著書をご紹介・・



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